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店舗は文化継承の拠点/ゆかり 山下社長 🎤

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| 山下 真明社長  インタビュー

粉モンの未来を切り拓く

―コロナ禍を第二創業の転機に
山下社長は15歳から18歳まで「ゆかり」本店、千日前店でアルバイトとして働き、その後は音楽業界を志して一度同社を離れた。ホテル経営会社の小売事業などで経験を積んだ後、「ゆかりへの恩返しがしたい」との思いから2007年に入社。店長や副店長、新店舗の立ち上げを経験し、16年に社長へ就任した。
社長就任当初は事業構造や借入金の返済が経営課題となっていた。品質を維持しながら仕入れ先の見直しや収支改善を進め、ようやく軌道に乗り始めた矢先、新型コロナウイルスが襲った。
当時、売上の99%を店舗事業が占めていた同社は、人流の減少で売上が約6割減少。コロナ禍以前から「店舗一本の経営では外部環境の変化に対応できない」と危機感を抱いていた山下社長は、これを第二創業の契機と捉え、物販事業の本格展開へ舵を切った。
当初は自ら営業活動や資材調達を担い、小ロットから販路を開拓。月商100万円を突破した段階で外商部を本格稼働させ、現在では国内外の販路拡大を進めている。冷凍お好み焼やオムそば、監修商品の展開も広がり、店舗以外の新たな収益の柱へと育ちつつある。
他にも不動産事業や業務用鉄板を設置した宿泊施設の運営も開始し、事業の多角化を進めている。今後は物販事業、不動産事業ともに売上1億円規模への成長を目指していく。

―店舗は文化継承のアンテナショップ
コロナ禍を経て人流が回復すると、同社は再び店舗事業への投資を強化した。
横浜スカイビル店は「飲めるお好み焼店」をコンセプトに刷新し、フォトジェニックな空間や大型ディスプレイを採用。さらに大阪駅直結のKITTE大阪へ新店舗を出店した。大阪の玄関口ともいえるこの場所を選んだ背景には、〝大阪といえばお好み焼き〟を次世代へ継承していきたいとの思いがある。山下社長は店舗を単なる販売拠点とは考えていない。「店舗一つ一つが文化継承のアンテナショップ」と語り、国内外から多くの人が訪れる立地で、大阪の食文化を発信する拠点としての役割も担っていく考えだ。
23年からはお好み焼きの歴史や食文化、プロの作り方を学ぶことができる「ゆかり体験教室」も開始。曾根崎本店とKITTE大阪店で平日実施しており、国内外の観光客に加え、企業研修などにも活用されている。
今後の店舗運営は現在10店舗の体制から15店舗まで拡大する計画だが、「数を追うのではなく、少数精鋭で品質を守る」と強調。大阪では心斎橋、新大阪、新世界などインバウンド需要が期待されるエリア、関東でも店舗網の拡充を目指す。海外からの観光客が増加する中、「どんなお客様でも一客必中」の精神でサービスを提供し、大阪の食文化を世界へ発信していく考えだ。

―豚玉1000円の壁
近年、原材料価格や人件費などの高騰が続く一方、販売価格への転嫁は十分に進んでいないという。豚玉においても〝1000円の壁〟が存在しており、山下社長は「この壁は業界全体で乗り越えていかなければならない」と指摘する。
価格転嫁が進まなければ店舗経営はさらに厳しさを増し、後継者不足や店舗数の減少にも拍車がかかる。山下社長は「文化を守るためには、お客様の理解を得ながら業界全体で適正な価格への転換を進めていく必要がある。誰かが率先して取り組まなければならない」と危機感を示す。

―食文化を未来へつなぐ
メーカーとの関係についても「運命共同体」と表現。「飲食店が盛り上がればメーカーも伸びる。メーカーの商品を発信する場の一つが飲食店であり、お互いに支え合いながら食文化を広げていきたい」と語る。「日本のハイクオリティな食を世界へ発信していくべく、今後も手を取り合って取り組んで行きたい」と述べた。
また、山下社長が理事長を務める上方お好み焼たこ焼協同組合が実施する「おこたこ子供カード」にも力を注ぎ、子どもがワンコインでお好み焼きやたこ焼きを楽しめる機会を創出。「若年層にお好み焼きを食べてもらうことが文化継承につながる」と力を込める。
「大阪を代表するお好み焼き、たこ焼きが、これからも愛される食べ物であり続けるよう、時代に合わせて変化しながら挑戦を続けていきたい」。 山下社長は、お好み焼文化を未来へつなぐため、店舗、物販、食育の三本柱で新たな挑戦を続けていく。

2026年7月20日付

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